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仙台家庭裁判所大河原支部 昭和46年(家)255号 審判

申立人 宮本春男(仮名)

事件本人 官本トヨ(仮名)

主文

事件本人を禁治産者とする。

事件本人の後見人として左の者を選任する。

本籍 秋田県仙北郡○○町○○字○○△△番地

住所 宮城県白石市字○○△△番地

清水清一郎

理由

一、禁治産宣告の申立について

右事件に関する秋田家庭裁判所調査官石川長吉作成の調査報告書、鑑定人奥田惇二作成の鑑定書、事件本人(第一、二回)および申立人本人の各審問、証人奥田惇二の証言を総合すれば、次の事実が認められる。

事件本人は申立人の妻であるが、昭和三八年一一月ごろから精神分裂病にかかり、夫の行動について異常なほど嫉妬心を抱き、突然家出をするなど異常行動が現れたので、同三九年三月から約三ヵ月間東京都墨田区の○○病院に、同四一年一〇月から約一年間千葉県の国立○○病院にそれぞれ入院加療したが、寛解せず、同四四年一〇月以降ひきつづき現住所の○○病院に入院療養中である。

事件本人の病状は精神分裂病のうち破爪病型に属し、慢性化しており、病識欠如、感情鈍麻、自閉、緘黙、不関、無為、関係念慮といつた症状がみられ、その程度は未だ人格崩壊状態には至つていないが、知的能力もかなり減退し、相当程度の思考障害もみられ、社会人としての判断能力を欠いた状態にある。

右の事実によれば、事件本人は心神喪失の常況にあるというべきである。したがつて本件禁治産宣告の申立は理由がある。

二、後見人選任の申立について

そこで右の禁治産宣告にともなう本件後見人選任の申立について検討する。

申立人は事件本人の配偶者であるから、事件本人につき禁治産宣告がなされると、民法第八四〇条により、当然に後見人となり、したがつて敢えて後見人を選任する余地がないとの考えもありうる。しかしながら、本件禁治産宣告の申立は、申立人が配偶者である事件本人に対し、精神病を理由として離婚の訴を提起するためなされたものであることは、右申立書の記載および申立人本人の審問により明らかである。このような場合、当裁判所としては、次の理由により、配偶者以外の者を禁治産者の後見人に選任することはむしろ後見制度にかなうものとして適法かつ相当であると考える。

まず実体法的にみても、禁治産宣告にともなう配偶者後見の制度は、いわば対内的に相互に生活保持義務を負う配偶者が、同時に後見人として身上監護のほか財産管理等いわば対外的にも禁治産者に代つて財産上の行為を行うことにより、禁治産者の保護と取引の安全との調和を図つたものとみることができる。そして禁治産者にとつては、配偶者が同時に後見人を兼ね、双方の役割を十分に果たすことが、禁治産者の保護を全うするゆえんであると解せられるために設けられた制度といえる。してみれば精神病等を理由に離婚訴訟を提起するため禁治産宣告を申し立てた配偶者は、そもそも法定後見人の要件である配偶者たる地位をみずから放棄し、したがつて生活保持義務を将来に向つて免れようとしているのであるから、かかる配偶者に対し、なお身上監護および財産管理等を主たる任務とする後見人としての役割を期待することは、後見の制度上ほんらい矛盾であるといわなければならない。

一方、手続法的にみても、禁治産者の法定後見人である配偶者が禁治産者に対し離婚の訴を提起すれば、その時点で直ちに後見人の欠格事由に該当する(民法第八四六条第五号)から、当然に後見人たる地位を失ない、後見監督人があるときは遅滞なく後任の後見人選任の申立をしなければならない(民法第八五一条第二号)のであるが、実務上このような申立が遅滞なくなされることは稀であり、また、離婚訴訟を追行させる目的でのみ後見監督人を選任し、これを相手方として離婚訴訟を行わせることは制度上好ましくないので、後任の後見人が選任されるまでは、訴訟を進行させることは困難となるばかりでなく、後見人不在の空白状態が続くことになり、身分上および財産上の保護を一日たりとも怠ることのできない禁治産者に対し、不安定的な日々を強いることになつて、後見制度の趣旨からしても好ましくない結果となる。

さらに本件の場合、申立人は秋田市に居住し開業医として多忙な毎日を送つており一方、事件本人は現住所の精神病院において入院療養中で、当裁判所が選任した後見人は近郊の白石市に居住する事件本人の実兄であつて、右病院に入院の当初から面会や衣類の世話など事件本人の面倒をみていること等の事情が窺われる。右の事実からすれば、申立人よりも右の実兄に対し、事件本人の身上監護および財産管理等の任務を託すのが禁治産者の保護のため望ましいと考えられる。

以上の理由により、当裁判所は本件禁治産宣告にともなう後見人として、主文記載の後見人を選任することが相当であると考える。

三、よつて、本件禁治産宣告および後見人選任の各申立を理由があるものと認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 奥山興悦)

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